「もう人を信じられない」
そう感じたとき、多くの人は自分を責めます。
心が冷えてしまったのは悪いことだ
もっと前向きにならなければいけない
また信じる努力をしなければいけない
けれど、本当にそうでしょうか。
古事記に描かれるイザナギとイザナミの物語は、
信じ続けることよりも、距離を取ることが必要な場面がある
という、真実を私たちに残しています。
見てはいけなかったものを、見てしまったとき
イザナギとイザナミは、国を生み出した夫婦神でした。
けれどイザナミは亡くなり、
イザナギは彼女を追って黄泉の国へ向かいます。
そこでイザナミは、こう告げます。
「決して、私の姿を見ないでほしい」
イザナギはその言葉を守れませんでした。
恐れと不安に負け、
「確かめる」 ことを選んでしまったのです。
結果、二人の関係は決定的に壊れます。
この場面は、
信頼が壊れる瞬間 を象徴しています。
信じられなくなった原因は、あなたではない
この神話が示しているのは、
「裏切った・裏切られた」という単純な構図ではありません。
- 知りたくなかった真実を見てしまった
- 理解できない変化を受け入れられなかった
- 安心よりも確認を選んでしまった
人が人を信じられなくなるとき、
そこには必ず 恐れ があります。
だから、信じられなくなった自分を
責める必要はありません。
それは、心が自分を守ろうとした結果です。
岩戸を閉ざすという選択
物語の最後、イザナギは
黄泉の国との間に大きな岩を置き、
二度と行き来できないようにします。
これは「断絶」ではありますが、
同時に 境界を引く行為 でもあります。
神話はここで、
「分かり合えない関係を、無理に続けなくていい」
という選択を肯定しています。
距離を取ることは、
冷たいことでも、逃げでもありません。
それは、
心をこれ以上凍らせないための選択 です。
心を温めるとは、近づくことではない
この物語から学べるのは、
「もう一度信じる方法」ではありません。
学べるのは、
- 無理に分かり合わなくていい
- 近づかなくてもいい
- 心を閉じる時期があってもいい
という 安心 です。
心は、
安全だと感じたときにだけ、
自然と温まります。
今は、距離があなたを守っている
もし今、
- 人と深く関われない
- 信用したくない
- 一人でいる方が楽
そう感じているなら、
それは回復の途中です。
信じられない自分を変えようとしなくていい。
まずは、これ以上傷つかない距離を保つこと。
それで十分です。
関係を戻すことは、すぐに決めなくていい
イザナギとイザナミは、
元に戻ることはありませんでした。
けれど物語は、
それを「失敗」とは描いていません。
関係を終わらせることも、
距離を取ることも、
人生の流れの一部だからです。
信じるかどうかは、
心が自然に動いたときでいい。
今はただ、
自分の心が静まる場所に
身を置いてください。
あなたが誰かを信じられなくなった時間も、
それは大切な人生の一部です。

