「もう辞めよう」
「この道で行こう」
そう決めたはずなのに、
しばらくすると、
「でも、本当に大丈夫だろうか」
「やっぱり間違っていたかもしれない」
そんな思いが、静かに戻ってくる。
そして多くの人は、
ぶれる自分を責めてしまいます。
でも最初にお伝えしたいのは、
それは間違いでも、弱さでもないということです。
気持ちがぶれるのは「間違い」ではない
人は、選択した瞬間にすべての不安が消えるわけではありません。
むしろ、
「選んだからこそ」
その先の現実を想像し始めます。
・本当にやっていけるのか
・後悔しないか
・失ったものは大きすぎないか
気持ちがぶれるのは、
自分の人生を雑に扱っていない証拠です。
慎重さも、恐れも、
すべて「生きようとする力」から生まれています。
「選択を信じられない」の正体は、未来への不安
私自身も、長い間決断できずにいた経験があります。
当時勤めていた会社では、
繁忙期には月に1日しか休めず、
会社に泊まり込むこともある生活。
心も体も限界だったのに、
「辞める」と決めるまでに1年かかりました。
理由は単純で、
- 生活はどうなるのか
- 次も同じ状況になったらどうしよう
- 今より悪くなったら耐えられるのか
まだ起きていない未来への不安が、
何度も私の足を止めていたのです。
これは臆病さではありません。
人間に備わった、ごく自然な防衛反応です。
「ぶれながらでも進む」ことが、本当の前進
私は結局、1年かけて仕事を辞めました。
今振り返ると、
あの「うじうじした時間」があったからこそ、
・覚悟が整い
・心の整理が進み
・納得して次へ進めた
そう感じています。
ぶれながら進むことは、
止まっていることではありません。
内側では、ちゃんと前に進んでいる状態です。
あなたの中にある「内なる神」を信じる
神道では、
人の中にも神が宿ると考えられています。
それは「内在神」「直霊(なおひ)」と呼ばれるもの。
頭で考えた正解よりも、
・なぜか引っかかる
・理由はないけど違和感がある
・静かに「これは違う」と感じる
その感覚のほうが、
ずっと正確なこともあります。
ぶれたときは、
答えを出そうとしなくていい。
ただ、
自分の感覚を否定しないことが大切です。
ぶれてもいい。選んだあなたを、あとから信じていけばいい
決断しても、気持ちは揺れます。
それは人として、とても自然なこと。
大切なのは、
「ぶれないこと」ではなく、
ぶれている自分を、切り捨てないこと。
選択の価値は、
結果で決まるのではありません。
その選択をしたあなたが、
その都度、自分を大切に扱えるかどうか。
今日も少し立ち止まりながら、
あなたの心に耳を澄ませてください。
ぶれながら進む道も、
ちゃんと「あなたの道」です。

