「人のために頑張ってきたはずなのに、なぜか心が空っぽに感じる」
「役割を果たしてきたのに、次に進む力が湧いてこない」
そんな感覚に、覚えはありませんか。
それは怠けているからでも、能力が足りないからでもありません。
ただ 背負いすぎた結果、心が休息を求めている だけかもしれません。
日本神話に登場するオオクニヌシは、まさに「背負い続けた神」でした。
オオクニヌシは、すべてを引き受けた神
オオクニヌシ(大国主神)は、国造りの神として知られています。
人々の暮らしを整え、知恵を授け、争いを収め、数え切れないほどの試練を乗り越えてきました。
- 困っている者がいれば助け
- 求められれば応え
- 逃げることなく役割を引き受け続けた
神話の中のオオクニヌシは、
「責任を放棄しなかった存在」として描かれています。
けれど、だからこそ、オオクニヌシは最後に、ある選択をします。
国譲りは「敗北」ではなかった
オオクニヌシは、築き上げた国をアマテラスに 譲る という決断をしました。
この「国譲り」は、
しばしば「敗北」や「時代交代」として語られます。
けれど、魂之神の視点で見るなら、
それは 逃げでも、負けでもありません。
それは
「役割を終えたことを、自ら認める勇気」
だったのではないでしょうか。
すべてを背負いきったからこそ、
これ以上背負わない選択ができた。
手放すことで、中心に還る
オオクニヌシは、国を譲ったあと、前線に立つ神ではなくなります。
その代わりに、出雲という場所で、
勇退することになります。
表舞台から退き、
中心に戻る。
これは、
何もしないということではなく、
流れを信頼するということです。
今、立ち止まりたいあなたへ
もし今、
- これ以上頑張れない
- 何を目指せばいいかわからない
- 進むことに疲れてしまった
そう感じているなら、
それは「間違っている」のではありません。
オオクニヌシと同じ地点に立っている
というだけかもしれません。
進まない時期
決めない時期
背負わない選択
それらはすべて、
人生の流れを整えるために必要な「静止」です。
譲ることで、流れは続いていく
オオクニヌシは、
すべてを成し遂げたあとに、
「何者かであろうとすること」を手放しました。
だからこそ、
神話の中で今も、
人々の心を支える存在であり続けています。
進まなくてもいい。
答えを出さなくてもいい。
流れは、止まっていません。

